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Happiness Atelier

インレポやイベントの情報まとめ、ごく稀にBGSなどを書いていくブログです。

TOWER OF TERROR(タワー オブ テラー)のバックグラウンドストーリー ~No,01~

 

時は1912年のニューヨーク。

アメリカンウォーターフロントにそびえる世界中のさまざまな建築様式を取り入れた大きなホテル。

その名も…ホテルハイタワー」

またの名を「タワー オブ テラー」

 

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 このホテルハイタワーは主にハリソン・ハイタワー三世によって設計された。このホテルのオーナーであるハリソン・ハイタワー三世は、1886年にロシアの有名な建築家オスカー・キルノフスキーにホテル・ハイタワーの建築を依頼する。しかし、ハリソン・ハイタワー三世とオスカー・キルノフスキーの間で意見が合わず、オスカー・キルノフスキーはハリソン・ハイタワー三世に解雇される。以降、設計はハリソン・ハイタワー三世が主導になった。

 内装品は、探検家でもあったハイタワー三世が自ら探検旅行で手に入れた装飾品も多い。ロビーにはハイタワー三世の探検旅行を題材に描いた10枚の絵画か飾られており、絵画に描かれている装飾品を実際にホテルの裏庭や秘密の倉庫などで目にすることもできる。

 ハリソン・ハイタワー三世は「美・力・気品・卓越性」を自身の象徴としていたが、このホテルハイタワーはこの四つ全てを具現している。それはハリソン・ハイタワー三世自身の偉大さをニューヨーク市民に、世界中に見せつける為にこれほど豪華で巨大なホテルを作ったのだろう。

 そして、このホテルの建設には膨大な費用がかけられており、それに見合う収入を得ることは不可能であった。そのため、ホテルの運営にはニューヨーク市の市民の税金が使われた。よって、ハリソン・ハイタワー三世は自分の財産を減らすことなくホテルを運営することができた。

 現在は、ホテルハイタワーの中腹にある大きな窓ガラスも割れていて「美・力・気品・卓越性」全てを兼ねそろえているとは言えないが、繁華を極めていた頃は「世界一のホテル」と言っても間違いではなかっただろう。そう、

彼が謎の失踪を遂げるまでは…

 

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